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29/b++

コスメや漫画や演劇やたまにライターの仕事の話とか

部活動:演劇部とボランティアサークルで得たもの

今週のお題「部活動」


新学期で部活動の話題なのか!
ということで便乗。

演劇部

中学の黒歴史は置いておいて、私は高校は演劇部とボランティアサークル、大学もボランティアサークルでした。
公立の演劇部なので女子ばっかりのキャイキャイした楽しい部活でした。
なんか部長もやったけど。
すんごい大変だったけど面白かったです。


本当はそのまま演劇を大学でもやろうと思ってたのですが、私の入った大学はキャンパスが3つに分かれていて、田舎の方のキャンパスに入ったもんだから(4年間移動なし)、弱小演劇サークルしかありませんでした。
見に行ったけどすっごく暗い舞台で、「なぜこんな題材を新歓に選んだ?」と腹が立つぐらいだったし、設備も私の公立高校に負けてたしでやめました。
その後、そのサークルはネットで内部分裂を起こしていたので入るのやめて本当によかったです。


演劇部のおかげでやっぱ度胸つきましたね(笑)。
もともと日本舞踊やっていたので舞台慣れはしていたんですけど、気がつけばスピーチや司会もできるようになっていました。
新卒で入った会社の忘年会、懇親会の司会で業務そっちのけで大活躍しました。


で、もうひとつ。

ボランティア

高校のボランティアサークルは正直、担任に騙されて入りました(顧問だった)。
大学も、友人につられて気がついたら抜けられない状態になってました。
ボランティアなのに、どちらも自主的に入ったものではありません……。


当時(10年前……サバ読むけど)東日本大震災も来ておらず、「ゴミ拾い」「手話」などがボランティアの主なイメージだったと思います。


高校では、お隣りにある養護学校高等部の生徒の方との交流会。
大学では、市の知的障害児童たちとの交流会。


そんな活動をしていました。


養護学校では筋ジストロフィー症の方が在籍しており、可能な範囲でのゲーム大会、クリスマス会などを行っていました。
養護学校の先生たちにもすごくお世話になって、楽しかったです。
在籍中に病気が進んで活動にこれなくなる方、亡くなってしまう方もいたのでなかなか精神的にヘビーでしたが。


大学では、小学校1年~高校3年生の子と月に1回、遠足に行くという内容でした。
ダウン症や知的障害児などの子を半日電車に乗せてという、結構こちらは体力勝負でした。

得たもの

ボランティアサークルを通して得たものは、車イス体験をしたことと、「わかりやすい言葉を話す」ということです。
高校では車イスを体験して、「ちょっとした坂道が危ない」ということを学んで、家族が入院したときとか、ちょっと手助けをするときに気をつけて車イスを動かせるようになりました。
ちょっとしたスロープでも下りは後ろ向きにするとか、本当にちょっとしたことですけど。


「わかりやすい言葉を話す」、これは子どもたちにやってほしいことを伝えるときや、なにか質問されたときに子どもがわかるように説明しなくてはいけなかったので身につきました。
言い換えの技術というか、これはいまライターでリライトするときにも役立ってますし、なにより留学生の方、ハーフ(ダブル)の子と話すときに役立ちました。


大学時代の長期休みには知り合いのハワイの家に滞在していました(きゃーリア充)。
そのお家には日本語学校に通う子どもたちがいて、国語の音読、書き取りの宿題の面倒を見てました。
ただ私は英語ができず(笑)、英語に訳してあげることができなかったので、代わりに違うわかりやすい日本語で教えてあげるっていう。


この技術ってきっとまたどこかで役立つと思っていて、NHKの「NEWS WEB EASY」を見ています。
www3.nhk.or.jp


多分私は英語を勉強するよりも、こっちの能力鍛える方が強いと思うんですよね(笑)。
南海トラフがくるとかこないとか言われてる愛知県在住なので、もし外国人の人と会うことがあったら役立てるといいなと思っています。


あと、大学のサークルのおかげで子どもの扱い少し上手になったかな……。
私は自分が末っ子で甘やかされて育ったので、小さい子の扱いがよくわかりませんでした。
幼稚園の先生とか、習い事の先生とか、もう「子ども」とか「教育」に関わる人全てを「まじすげー」って思うレベルです。
でもいろんな子と交流したおかげで、「わーどーしよー子どもだー」って身構えなくなりました。


「協調性がない」と言われる性格ですが(動物占いも“孤独の狼”)、社会性があるのはなんだかんだ、部活とサークルのおかげだったと思います。
大変なことも多かったけど、まぁ喉元過ぎればなんとやら。
得たものがとても多かったと、思います。