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コスメや漫画や演劇やたまにライターの仕事の話とか

もし私が富山に育っていたら

妄想が止まらなくなったので吐き出し。


富山に帰っていた。
友人の結婚式の1.5次会が金沢であり、一度富山の実家に帰って着替えて、金沢まで友人に乗せて行ってもらった。
式はとてもよかった。幸せだった。

帰りはまた送ってもらった。
行きは3人だったが、帰りは5人一緒に車で。
みんな小学校の同級生で、男女まぜまぜ。


私は小学校5年の最後で大阪に引っ越した。
だから、卒業はしていない。
でも、こうやって集まりに呼んでもらえるのは本当に嬉しくて感謝しかない。


友人の中に、小学校からなんと短大まで一緒という男の子と女の子がいる。
こういう集まりのとき、いつも思っていしまう。
私も大阪に行かず、富山で育っていたらどうなっていたのだろうかと。


私が富山から離れたのは、自分の選択ではない。
親の転勤だ。
「あのとき、こういう選択をしていたら」というタラレバを言うことができない、自分で選ばなかった、選べなかった人生の大きな分岐点だった。


だから余計考えてしまうのだ。

もし、この子たちと中学生、高校生をどうすごしていたのだろうかと。



多分、中学校では小学校の仕切り屋タイプできっと合唱大会とかで「男子!ちゃんと歌ってよ」とか言い出すタイプに成長してる。
大阪では制服も校則もない自立を目指すという公立中学校で、まさに中二病を発症するにはピッタリの環境だったかが、きっと富山で過ごしていたらそんなことはなかっただろう。
小学校の頃から好きだった子に告白するか迷ったりしているうちに、思春期に入ってギクシャクしたりする。
そして家庭科部とか、演劇部とかに入っているはずだ。
親友のK子がおしゃれっ子だったから、きっと身なりに気を使い出すのもきっと早い。『セブンティーン』とか読みだしてる。
夏休みはきっと、小学校のころと同じく大阪に長期滞在し、おしゃれな空気を吸って都会に憧れを持つ。


高校はきっと、兄たちが行った公立を目指しただろう。
でも多分数学ができなくてもう一個ランク下の高校に入っていたかも。
そこで多分、なんとなく彼氏とかもできていたかもしれない。
3歳から始めた日本舞踊の習い事だけはいやいやながらもなんとなく続けていて、名取になるかどうするか、でもそろそろ面倒だし進学で逃げるかな~なんて思いを抱き始める。


大学進学は兄たちを見習ってきっと「県外に出たい」とか言いだしただろう。本気でなくても、それが一番だと信じて。
親も「じゃぁ親戚の居る関西なら」と、伯母の家に下宿の話を決めてくる。
とりあえず関西で、ということで京都の女子大とか短大とかに絞って受験をする。
そこで、きっとインカレサークルとか入っちゃう。


休みは富山に帰ってみんなとわいわい遊ぶ。
「関西あそびにきてよ~」なんて自慢を交えた近況報告とかする。
就職はどうするかな。
関西に残る! とか言い出すけど、やっぱ体そんな強くなくて富山に帰ってるかな。

働きながら実家でぬくぬく暮らして、んでやっぱ日本舞踊もまだ続けて名取までなっちゃって、家の手伝いしながらゆるゆるOL生活。



きっと、こんな感じ。